B面のつぶやき

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甲斐荘楠音の全貌|東京ステーションギャラリー

甲斐荘楠音(かいのしょうただおと、1894~1978年)の作品は2021年に東京国立近代美術館で開催された『あやしい絵展』のメインビジュアルでも使われていました。不敵に?微笑む女性像に見覚えがある人もいるのでは。

甲斐荘の日本画家としての主な活動は40歳頃まで。画業を中断した後は映画業界に転身、風俗考証などを担当し、『雨月物語』の衣裳でアカデミー賞(もちろん本場の)にノミネートされるほど。

彼の長い活動期間の中で「あやしい絵」を描いていたのはごくわずかな期間に過ぎません。これまであまり知られてこなかった面にもスポットを当て、絵画や映画といったジャンルを「越境」したアーティストとしての全貌を紹介する回顧展です。

京都で初めて『春宵(花びら)』を見たときの衝撃はなかなかでした。独特のアクの強さがちょっと怖い。でも目が離せない魅力。その個性が先輩の土田麦僊からは嫌われたようで、面と向かって「穢い絵」と酷いこと言われた事件が伝わっています。

確かに土田麦僊の平明で美しい画風とは相容れなかったのかもしれない。ただし、そのアクの強さも徐々に落ち着きます。35歳で描かれた『春』(メトロポリタン美術館所蔵)の女性は、すっかりくつろいだ様子です。

映画業界に転身した理由は参加していた画壇のグループが解散した、絵が売れなくなった、画壇の雰囲気になじめなかった、芝居への興味が募った、など色々言われています。とにもかくにも溝口健二監督との出会いを足掛かりに、映像の世界で精力的な活動を開始します。

甲斐荘が関わった映画の衣裳が一挙に並べられた展示は圧巻。どれもデザインが凝っていて芸術性も高く、さすが日本映画黄金期。あわせて展示されている映画のポスターや関連資料も面白い。『旗本退屈男』の市川右太衛って北大路欣也のお父さんなんだ…。

マチュア劇団で女形を演じる写真や、イメージソースともいえるスクラップブックも多く展示されています。女装のなりきりっぷりは見事な出来栄え。作品の中の女性像は画家本人を投影しているのかもしれません。

最後を締めくくるのは未完の『畜生塚』と、晩年まで手を加え続けた『虹のかけ橋(七奸)』。『畜生塚』は完成していたらさぞやという大作ですが、下書きであることが却って生々しくもあります。でもやっぱり完成作品を見てみたかった。